旅の始まり 結婚15周年の記念に張り切ろうかということで計画が始まった。
一年半くらい前から行き先を物色し始めた。共通の話題が増え、浮き浮きした準備期間を過ごせた。
ジュネーブ2日、インターラーケン3日、ローマ4日に決まった。
行程 7/29-7/30 伊丹発ー成田経由ーアムステルダムKLM乗り継ぎージュネーブ着(ソフィテルホテル)
7/31-8/2 鉄道でジュネーブ発ーインターラーケン着(メトロポールホテル)
8/3-8/6 インターラーケンAlitalia発ーローマ着(ルグランホテル)
8/7-8/8 フランクフルト経由-成田-伊丹
成田-ヨーロッパ約11時間。乗り継ぎは2時間、けっこう楽しめる。
出国手続きコースが確定したのは出発の3か月前。当初はあちこち移動の欲張り型。肝心の街を歩く時間が少なくなるので、3都市じっくり型に決めた。
自力で出国手続きするのは20年ぶり。
大緊張空港の右も左も、表示も不慣れ。わぁ~緊張するぅ。
ずっと無口。
乗り継ぎアムステルダム スキポール空港。テレビゲームに夢中のガイジンの少年たち。ガイジンは俺たちか?
エコノミークラスの座席は前後の間隔が狭い。歩き回って身体をほぐす。
売店空港の売店には日本の新聞も置いてあってびっくり。
5時半起床の旅がすっかり時間がたち、ジュネーブに着いたときは真っ暗、夜9時。
レマン湖スイス、ジュネーブ着。レマン湖3時間遊覧を楽しむ。エメラルドグリーンの湖水、気分は最高。スイスパスで各種乗り物が快適に利用できる。
誕生日7月30日はカミさんの誕生日。こっそり店の人に頼んで、サプライズでお祝いをしてもらう。
出発前からやや
風邪気味という彼女をホテルに残し、目星をつけておいたホテルに行き、つたない英語でサプライズ誕生日祝いを頼んでおいたのでした。
スプーンでリズムをとり、HappyBirthDayを歌ってくれた。
サプライズ成功 「何かしてくれるとは思っていたけど、メチャ嬉しかった(カミさん談)。
自由旅行なので、誕生日が含まれるように日程をくんだのだ。
付近にはかの有名なノートルダム寺院がある。ステンドグラスが美しい。
ミートフォンデュ スイス名物料理ミートフォンデュ。専用の金串がシャレてるぅ。
翌日は元気が回復。町中を散策し、土産のスイスチョコをたっぷり買い込んだ。航空送料が15000円。旅は太っ腹だねぇ。
鉄道スイスは鉄道が発達している。(なんてったって標高3450mの山の上まで線路を伸ばすんだから)
さてさて、改札がない、出入り自由のプラットホームは地上高15cm位。1等2等の区別がある。
つたない英語でなんとか意思を伝え、荷物をチッキ(手荷物の託送)でインターラーケンに先送りに成功。手ぶらで~す。
ジュネーブーーモントール(シヨン城)ーーインターラーケン。目指すは古城見学とユングフラウヨッホの登山電車。
シヨン城 13世紀に作られた石の城。甲冑は日本の鎧に比べると薄っぺらい感じ。
牢獄民衆運動の先頭に立ったボニバールが鎖につながれたまま4年間幽閉されていた。冬の寒さは想像を絶する。
教会天気が悪いのでルツェルンに向かい、カペル橋を見た後、インターラーケン着。ホフ教会の中はとても荘厳な雰囲気がただよう。
インターラーケン8/1はスイスの建国記念日。民族衣装の女性たちが街角で歌っている。夜になると打ち上げ花火大会。大輪が夜空に咲き、破裂音がアルプスにこだました。サイコ~。
登山電車に乗り換え。高原の冷気を楽しむ。
スイス国内ではバッグは肩掛けOK.これがイタリアではクロス掛けとなる。
ユングフラウ登山電車全長の3/4が岩をくりぬいたトンネル路線を登山電車が登っていく。ユングフラウヨッホ駅は標高3454m。ちなみに山頂は4158m。
スイスを楽しめる最終日は最高の上天気。
エアメール荒々しいアルプスの山々がすぐ目の前に広がり、万年雪がまぶしく光る。
世界各地からの旅行者で一杯。車内アナウンスも6か国語で、日本語は5番目だった。
右手奥は氷河、夏スキーを楽しむ人々もいる。
氷の宮殿氷河の中をくりぬいた観光トンネル。中には氷の彫刻まで展示されている。スイス人の慣行に対する姿勢に脱帽。
ふもとの村アルプスの少女ハイジの世界を堪能できる、期待通りの風景がひろがる。
グリンデルワルトで道草。ジュースを買って、"How much?"と聞けば、店の少年が「英語だ」と言って、焦っていた。このあたりの公用語はドイツ語です。
空路イタリアへアリタリア航空でアルプスを越えローマに向かう。暑くなりそうだし、英語は通じなくなりそうで、不安と緊張が高まる。
荒々しくとがったアルプスの山々が眼下に広がる。
ローマ着。1)手続きを終えて外に出る。目ざとく我々をみつけた白タクの運ちゃんが「安いよ(雰囲気で)」とすり寄ってくる。それらしき許可証をチラつかせられ、あやうく乗り込むところを後ろからカミさんが私の背中をコズイタ。
2)タクシーをやめバスにする。英語が通じず、行き先からバス代まで身振り手振り。汗タラ~。
3)裏町まわり市内行き。クーラーなし、街はひどく汚い。落書き、紙屑、たむろする人々。スラム街だ。正直、「えらい所へ来た」と思った。
4)空港から我々の後ろに乗り込んできた若い二人組も気になる。もし、降りるとき彼らが後ろについたら要注意だ。50分のバス旅は、暑さと緊張で頭が破裂しそうだった。
5)テルミニ駅からタクシーを使う。メーター表示が6500リラなので10000リラを渡す。釣りをよこさず「グラッチェ」と言って去るドライバー。最初のチップということになる。10000リラ=750円
ジプシー少年たち
これはスリの親子。獲物があったらしくニコニコ顔で引き上げていく姿です。
実はこれ以前にジプシーの子供5~6人に取り囲まれ、正面の子供がしきりに喋りかけてくる。それに気を取られている間に、脇に抱えているバッグのファスナーが半開きになっていた。後ろの奴だ。あやうくスリにあうところだった。
「ジプシー」は現在差別語に指定されていて、「ロマ」という呼称がある。ルーツはインド。争いや飢饉を逃れヨーロッパに移動してきた流浪の民。
コロシアム古代ローマ(BC753-AD476)時代に作られた円形闘技場(AD80頃)。内部の1階は猛獣の檻や武器庫。観光の名所、入場料はタダ。
真実の口嘘をついたものがこの口の中に手を入れると、抜けなくなると伝えられている。映画「ローマの休日」で、オードリー・ヘプバーン演じるアン王女のびっくりした様子がかわいい。
スペイン階段こちらも映画「ローマの休日」で有名になった。オードリー・ヘプバーンがここでジェラートを食べるシーンが印象的。
どうということはないが観光客でごった返している。正面のコンドッテ通りはグッチ、エルメスの店が並び、日本の若い女たちが惜しげもなく万、十万単位の買い物をしていた。中国人の爆買いを非難できないね。店の人たちもポンポン日本語を話しかけてくる。
トレビの泉この泉を背にしてコインを投げ入れてきた。またきっと来れるだろう。
ローマはどこに行っても噴水が多く、暑い街歩きにはとても気持ちがいい。近くにあるナボーナ広場はAC1世紀に作られた競技場が広場になっていて、ネプチューンの噴水、河の噴水、ムーア人の噴水がある。絵描きがいたり、朝市が建ったりと大賑わいの一角だ。
溶岩に埋もれた都市ドライブインで小休止。トイレにはトイレおばさんがいて、チップを要求された。200リラ位(25円)
ポンペイ遺跡。AC79年、ベスビオ火山の噴火で、一瞬にして火山灰の下に埋まってしまった都市遺跡。石畳の道路、浴場、市場、当時の人のミイラまであった。娼婦館跡、一坪くらいの小部屋。太古から人類とともに続く職業。
発掘は全体の1/5ほどで、残りはこのまま保存するという。酸性雨などで風化が激しいためである。
文字の読めない人が多かったので、絵でさまざまな注意書きが示されている。
レストランで昼食。日本では無料の水。ガス抜きミネラルを頼んだが、来たのはガス入り。文句を言ったが間違いないと言い張る。くっそ~。帰り際、なぜか握手を求めてきよった。
夜は日本人が経営の寿司屋、そごうアサヒ。カウンター越しに注文し、にぎりとアサリの味噌汁。あ~生き返る。ここには二晩通った。連荘ということで板前さんと話が弾み、疲れも吹き飛んだ。
バチカンバチカン市国。サンピエトロ寺院、バチカン博物館。
一回目、短パンで行ったら締め出しを食ってしまった。男女ともノースリーブ、短パン不可。午後長ズボンで再度見学を試みる。
サンピエトロ寺院。奥行210m、高さ45m。荘厳。
バチカン博物館。準備不足。テキはあまりにも巨大すぎた。どこに何があるやら分からず、有名なものをかなり見逃した。
イタリア ルネサンスの天才ミケランジェロの傑作「最後の晩餐」、「アダムの誕生」などが礼拝堂に展示されている。歴代ローマ法王の権威はすさまじい。
検疫 あっという間に10日間の旅は終わろうとしている。見たいところは走り回ったので、不満はないがさみしい。
"Tax Free"表示のある店で買い物をしたら、「免税伝票」を請求し、空港の税関でスタンプをもらえば、5%程度の払い戻しを受けられる。
アリタリア航空でローマからフランクフルト経由成田行き。フランクフルトでは本場のソーセージとビールを試す。うま~い。
大阪空港の税関で、イタリア出国時に買ったソーセージとサラミを没収されてしまった。肉製品を買ったときは、「必ずその国の検査証明書がついていることを確認すること」。知らねーよ、そんなこと。
帰宅午後10時。子供たちと義理の母が起きて待ってくれていた。土産話に花が咲いた夜でした。