最強生物クマムシ

過酷な環境(放射線、低温、深海・・・) それでも命守る生物

零下200度の極低温状態や、非常に強い放射線にさらされても生き延びる蚊の幼虫、30年凍結された後に産卵したクマムシ、餌がほとんどない深海で過ごすヤドカリの仲間。人間を寄せ付けないような過酷な環境に耐え、命をつないでいる生物がいる。新陳代謝 を止めて休眠したり、細菌と共生関係を築いて飢えをしのいだりする巧みな生存戦略だ。 その謎に科学者が挑んでいる。


ゆっくり歩くという意味の緩歩動物に分類される。 体長0.1mm~1mm。節のある体に4対8本の脚がある。
周囲が乾燥状態になると、自ら脱水して体を収縮させ、タル状の形になる。 生と死の中間のような「乾眠」という状態で、呼吸などの生命活動は停止している。
この状態だと百度の高温からマイナス273度の超低温、強い放射線、真空や超高圧の環境下でも耐える。 水分を得ると数十分で再び動き出す。


kumamushi

30年凍結保存されていたクマムシがよみがえった後、できた子孫。右下の線はO.1ミリ


「無代謝」の状態で休眠するクマムシ(堀川大樹・慶応大特任講師提供)(国立極地研究所、Cryobio1ogy誌提供)


クマムシは、ゆっくり歩く「緩歩動物」。南極大陸を含む世界各地に千種類以上存在し、体長は1ミリ未満。この生物が注目されるのは、「最強生物」と呼ばれるほど生命力が強いためだ。
 乾燥や凍結など過酷な環境になると、呼吸や心臓も止まり、体内でさまざまな物質を変化 させる化学反応「代謝」がない休眠モードに入り、ひたすら耐える。つぶれた空き缶のよう に体を縮め、死んでいるようだが、水を与えると回復する。ラテン語で「隠れた生命」の 意味の「クリプトビオシス」という状態だ。人間の致死量の千倍を超える放射線や極端な 温度変化でも死なない。
 国立極地研究所の辻本恵特任研究員(生態学)は、南極観測隊が昭和基地周辺で1983年に 採集し凍結保存されていたコケの中で休眠中のクマムシを見つけた。取り出して約30年ぶり に水を与えると約10日後に歩き始め、20日過ぎると受精なしに雌が卵を産む「単為生殖」 で産卵。3割が個体に育った。辻本さんは「室温で9年休眠したクマムシの例は報告されてい るが、記録を大幅に更新した」と驚く。



ネムリユスリカ

アフリカ中央部の半乾燥地帯で水たまりに生息する蚊「ネムリユスリカ」の幼虫も、 クリプトビオシスの能力がある。数千匹を飼育し研究している農業・食品産業技術総合 研究機構の黄川田隆洋上級研究員(極限分子生物学)によると、休眠中の幼虫は90度で 数十分熱しても、零下196度の液体窒素に漬けても、水を与えると1時間程度でよみがえる。 休眠中に、筋肉や脂肪組織に蓄えられている「グリコーゲン」が「トレハロース」という 糖に変化し、細胞やタンパク質を保護しているという。




yusurikayusurika ネムリユスリカのふしぎな世界 --この昆虫は、なぜ「生き返る」ことができるのか?  黄川田隆洋 著


ネムリユスリカ


ゴエモンコシオリエビ

水深千m程度の深海にすむ体長約5cmのヤドカリの仲間「ゴエモンコシオリエビ」は、 地熱で温められた数百度の熱水が海底から出る場所に生息する。太陽光が届かず悔草や 植物プランクトンが育たない環境で、何を食べているのか分かっていなかった。  海洋研究開発機構の和辻智郎特任技術研究員(極限共生学)らは、無人潜水艇でゴエモン コシオリエビを捕獲。熱水に含まれる硫化水素とメタンを溶かした水槽で飼育すると、 ゴエモンコシオリエビは、体毛に付着して共生している細菌を食べていることが分かった。 この細菌はメタンなどを栄養源に繁殖していた。  和辻さんは「体毛で細菌を”放牧”し、収穫しているようだ」と話し、細菌が育つよう に、はさみを回して海水を混ぜる行動などがあるかどうか探っていきたいという。


goemon沖縄県沖の水深約1500㍍の 熱水噴出口に生息するゴエモンコシオリエビ (海洋研究開発機構提供)




2016/05/07神戸新聞 記事



クリプトビオシス

(cryptobiosis、「隠された生命活動」の意)とは、クマムシなどの動物が乾燥などの厳しい環境に対して、活動を停止する無代謝状態のことを言う。 水分などが供給されると復活して活動を開始する。


トレハロース

筋肉や脂肪組織に蓄えられているグリコーゲンが糖の一種に変化したもの。保水性が高く細胞やタンパク質を保護する。クマムシ、ネムリユスリカの幼虫、イワヒバ。



仮死状態


呼吸や心拍の一方または両方が停止し、意識もなく、外見上死んだかのように見えるが、自然にまたは適切な処置により蘇生する余地のある状態。仮死。


昆虫の「休眠」は積極的な手段だ


 よく知られるように昆虫は変温動物であるうえに体が小さいので、体温はおおむね周囲の温度とおなじように変動する。動き回っている虫を捕まえて冷蔵庫(5度Cぐらい)に入れれば、じきに動かなくなり仮死状態になる。  何日も放っておくと死んでしまうが、その前に元の状態におけば、間もなくもぞもぞと動きだし、やがて何事も無かったように活動を再開する。  これは昆虫学で「休止」とよばれる現象で、まったく受動的だ。
 それに対して、われわれの周りの昆虫の多くは冬がくるずっと前からもっと積極的に体内の生理状態を変化させて冬越しに備える。これが「休止」と区別して「休眠」とよばれる昆虫に特徴的な現象である。  「休止」では長い冬を耐えられないが、いったん「休眠」に入った虫は長い冬に耐えるばかりか、長い絶食や乾燥にも耐えられるようになる。
 Sadahiro TATSUKI Laboratory of Applied Entomology The University of Tokyo

   

生命の時計を止める 仮死状態の医療応用


 

人体を仮死状態で休眠させたまま,数世紀にわたる宇宙旅行をする──SFではおなじみの場面だが,仮死をもたらす技術は近い将来もっと身近なところに登場するかもしれない。
仮死の研究者たちがいま取り組んでいるのは「生命を一時停止させることで,生命を救う」方法の開発だ。たとえ短時間でも失血や虚血による酸素欠乏は死に直結する。重傷者や血管閉塞を起こした患者を酸素消費のない仮死状態に置くことができれば,治療のための“時間稼ぎ”が可能になるはずだ。また移植用臓器の保存時間を延ばすのにも役立つだろう。
 自然界には生命活動を減速させたり止めたりできる生きものがたくさんいる。冬眠する動物や胚のまま成長を止めて休眠する生物は,仮死に近い状態に自らを導くことで,低温や酸素欠乏など過酷な環境条件から体を保護しているのだ。
 著者らのグループは,こうした動物の観察や実験から,細胞や組織を安全に無酸素状態に導く方法を検討している。具体的には,体内の血液あるいは酸素を別の物質で置き換える方法だ。そのひとつは,食塩水を入れて血液を抜き取る方法で,すでにイヌやブタの実験で有効性が確かめられている。しかしこの方法は合併症などの危険をともなうため,医療には応用しにくい。
 そこで著者らが注目しているのは,硫化水素を使って酸素を置き換える方法だ。マウスを使った実験では,硫化水素を含む大気にさらすことで細胞の酸素消費を止め,仮死状態を誘導することが確かめられた。硫化水素は人体にとって有害だが,人間の体内でも作られており,エネルギー生産速度を調節する物質として働いている可能性がある。
 こうした方法は人間でも有効かもしれない。だが,そもそも人間は仮死状態に入れるのだろうか。雪山で遭難し,呼吸や脈拍のない低体温状態で発見された人が無事生還した例はいくつもある。仮死の医療応用には,こうした事例を分析し,安全に仮死状態に導く条件を明らかにすることが不可欠だろう。
著者 Mark B. Roth / Todd Nystul


人類の冬眠

重症患者を冬眠技術で救う研究

 
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神戸新聞2016/05/07記事

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